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朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

2015年の紅葉を振り返り〜等彌神社〜

まあ、振り返るほど紅葉を見に行った訳ではないのですが、撮影した写真が結構たまってきたのでブログ記事にするのことにしました。本日は等彌神社。

紅葉で有名な談山神社で去年見た「あの炎」に再び会いに行く

ちょうど去年の今頃、紅葉で有名な談山神社をとてつもなく安い折りたたみ自転車で訪れた。ライトアップされた境内にはさぞかし紅葉が美しく映えているのだろうと期待して行ったのだが、もうピークは過ぎていたのか、それともまだ早かったのか、とにかくまっ…

天理教秋季大祭を見学してきた

10月26日、石上神宮から秋季大祭で賑わう天理教本部へと向かった私。天理教の信者ではないので内心ドキドキ。幸か不幸か黒系の服は着ていたのだが……

10月26日天理教秋季大祭 その時、石上神宮は……

宗教都市・奈良県天理市にとって10月26日という日は特別な一日。天理教立宗ゆかりの日ということで秋季大祭が執り行われる。そんな日に、私は石上神宮に向かった。

龍神信仰・死の森・火の玉伝説・そしてツチノコ〜龍王山散策その二〜

目的の龍王山古墳群を散策した後、どうせならと龍王山の頂上を目指すことにした。

600基近い古墳に取り囲まれる不気味さ〜龍王山古墳群〜

奈良盆地の東麓で一番高い山だとされている龍王山。日本屈指の巨大古墳・行燈山古墳(崇神天皇陵)もこの山の斜面を利用して造築されている。 龍王山歴史と健康の道コース めっぽう寒さが増したきた早朝、そんな龍王山にあるという龍王山古墳群を見に行くこ…

コスモスの迷路・古墳・安倍晴明・安倍総理〜安倍文殊院〜

国宝・渡海文殊を本尊とすることから合格祈願の寺として有名だったのが、今や「コスモスの寺」となった感もある安倍文殊院。ホームページもなかなか洒落ていて、Googleストリートビューで境内散策できたり、電子マネーによる決済をいち早く導入している。

かつての都・藤原京跡にはコスモスが咲き誇っていたがどうにも耳成山が気になった

日本初の本格的都・藤原京。今もその6割ほどが特別史跡指定を受け、四季折々の花が楽しめる「花ゾーン」には人々が押し寄せていた。 橿原市/藤原宮跡5つの花ゾーン開花状況

悪徳新興宗教の教祖のハシリか?大生部多とかいう人物

中島らものオカルトエンターテイメント小説で漫画化もされた『ガダラの豚』の主人公・大生部多一郎。アル中の民族学者である彼の祖先とされているのが、「大生部多」という飛鳥時代の人物。大生部多は「大生部」が苗字で「多」が名前。「おおうべ の おお」…

1インチセンサーサイズのカメラからフルサイズのカメラに買い換えた

1インチセンサーサイズのカメラからフルサイズのカメラに買い換えた。センサーゴミ付着問題で悪名高いNIKONのD600という機種。そのせいか、中古価格で10万円を切っていた。ついでに中古で下記のレンズも購入。

パッカーン系磐座・月輪石を見に行く

田んぼが真っ黒になり始めた頃、大和三山の一つである天香久山の西方にある御厨子神社を訪問。妙法寺という吉備真備と縁があるお寺の脇にあり、何も知らずに訪れた人は多分気づかずに通り過ぎるだろうと思われるレベル。

與喜天満神社の大祭・初瀬まつりはyouたちでいっぱいだった

長谷寺の参道に入ると目に飛び込んでくるのが與喜山。その與喜山の中腹に鎮座する與喜天満神社で、「初瀬まつり」という神事があるとのことでフィールドワーク。山深き隠国・初瀬の地ながら植林山ばかりが目につく中、この與喜山は「天然記念物与喜山暖房林…

宮本常一が撮影した写真を評価する荒木経惟・森山大道の両氏

フィールドワークの途上、数多くの写真を撮影した民俗学者の宮本常一。彼の撮影ポリシーは「芸術写真はいらない」「一枚のなかに物語が読める写真を撮る」だったという(民俗写真家・須藤功氏談 『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』より)。そんな宮本常一が…

廃寺探訪〜山田寺跡〜

2015年9月19日。乙巳の変にて、従兄弟で宗家筋の蘇我入鹿暗殺の片棒を担ぎ、大化の改新時には右大臣として政権の中枢を担うも、冤罪により自害に追い込まれた蘇我倉山田石川麻呂。その蘇我倉山田石川麻呂が発願し創建された山田廃寺を訪れてみた。

600基近い古墳が密集する場

2015年9月19日。明日香村にある甘樫丘から望む畝傍山は、どこか「死の匂い」が漂っているように思えた。方角的に見て畝傍山の後方に日が沈んでいくせいもあるだろう。でも、それだけではないような気がずっとしていた。

一言で何でも言い放つ神様と有尾人と彼岸花

2015年9月19日、良い事も悪い事も何でも一言で言い放つという神様・一言主神。そんな簡潔な短文が好まれる今時の世相にぴったりな神様を祀る葛城一言主神社をフィールドワーク。

ちょっぴり命がけな葛城古道

白洲正子も愛したという葛城古道。曇天日和の9月初旬、千体地蔵で有名な九品寺から葛木坐一言主神社までの道のりを歩いてみた。

伊勢神宮を創祀したのは天武天皇?

最近、どっぷり神仏習合の世界にハマっているせいか、書店やamazonで八幡神、稲荷、春日明神、牛頭天王などの文字列を見かけるとつい購入してしまう。

千体の石仏と彼岸花に覆い尽くされた九品寺

奈良県御所市、ハイキングコースとして有名な葛城古道沿いにある九品寺。何でも大仏造立に功績のあった行基が開基したお寺だとか(多分に伝説的な縁起だが)。

宮本常一のカバンの中身

日本中をくまなく歩き通した民俗学者・宮本常一のカバンの中身。

まるで囚人のように見えた猿石

飛鳥の石造物、といわれる謎の巨石群。古墳用の石室パーツの失敗作だといわれているものが多い中、 飛鳥の石造物 - Wikipedia

天武天皇の頭蓋骨が目的?

天武天皇と持統天皇が合葬されているという「野口王墓」は、学術的にみてもほぼ二天皇の合葬陵で間違いないとされている。なぜか、理由は1235年に天武天皇と持統天皇の合葬陵が盗掘に遭い、その時の記録が残っていたからである。

廃寺探訪〜大官大寺跡〜

文武朝の頃に国家プロジェクトとして建立された大官大寺。現在ある寺の塔の中で最大を誇る東寺の五重塔よりも大きい九重塔をはじめ、当時の都であった藤原京の大極殿と同規模の金堂と講堂を備えていたといわれる。 大官大寺跡

近代に入り宗教界で「ヒメ・ヒコ制」は復活した

前回の記事で少し触れた「ヒメ・ヒコ制」。称徳天皇と道鏡のコンビ(役割は逆転しているが)を最後に、長らく「ヒメ」と「ヒコ」の分離化が徹底されていくのだけど、明治期に入り宗教界において「ヒメ・ヒコ制」が息を吹き返す。 ヒメヒコ制 - Wikipedia

女装した男の巫女?

下記の本で女装した男の巫女?の存在を知る。祈祷、託宣などを行う女性のことを「巫女」、男性を「巫覡」「巫者」というのだが、女装した男の巫女?のことは「持者」といったらしい。◯◯を持つ巫女だから持者?

廃寺探訪〜龍福寺〜

「大和三龍寺」の一つ真言宗・龍福寺。現在の奈良県天理市にあったとされる寺で明治期の廃仏毀釈により廃絶。かつては東西1,100m、南北660mという広大な領域に16の僧坊が配された大寺院だったという。ちなみに「大和三龍寺」のうち現在も存続しているのは…

気になる人 増賀上人

増賀上人行業記絵巻 神武天皇陵のことを調べていたら、国源寺つながりで多武峰寺(現・談山神社)を調べるようになり妙な人物へと行き着く。

中井シゲノが語る地元の伝承

ネットで調べていると、白高大神を建立したオダイ・中井シゲノの故郷は奈良の農村または山村で生まれたとされている。しかし、これだけではフィールドワークもできないので、彼女の一代記とも呼べる書籍『神と人のはざまに生きる―近代都市の女性巫者』を丹念…

「オダイ」とは何か

「白高大神」という心霊スポットとして有名な廃神社の名前は知っていても、その廃神社を建立した「中井シゲノ」について知る人はあまりいない。ネットで検索しても、「白高大神」の心霊スポット体験記事か、『神と人のはざまに生きる―近代都市の女性巫者』と…

幻の神武天皇陵と消された村

初代天皇とされる神武天皇の霊廟は右寄りの人から神聖なる皇祖の陵墓として崇められ、そして左寄りの人からも(負の遺産としての)「聖地」と見なされている。神武天皇陵の治定に際しては紆余曲折あり、現在でも天皇陵に関する書籍が出版されるたびにやり玉…