朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

幻の神武天皇陵と消された村



初代天皇とされる神武天皇の霊廟は右寄りの人から神聖なる皇祖の陵墓として崇められ、そして左寄りの人からも(負の遺産としての)「聖地」と見なされている。神武天皇陵の治定に際しては紆余曲折あり、現在でも天皇陵に関する書籍が出版されるたびにやり玉に挙げられることに。

実在性を疑われている神武天皇、しかも天皇陵は考古学的な調査が許されていない今、新たな進展は望みようもなく、ただ江戸時代に巻き起こった論争をなぞることしかできない。

現在の神武天皇

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熱心に参拝されている方もいれば、地元の方?が車馬乗り入れ厳禁の参道に自転車を乗り入れ脇道を通り裏手の畑へと向かう姿も見られた。はからずも神武天皇陵を含めた畝傍山周辺の景観整備を推し進めた官僚たちの脳裏に浮かんだ未来の輝かしい光景と、江戸期の国学者・松下見林がこの地で目撃し痛哭した光景とが交錯していた。

丸山陵

寛政の三奇人の一人・蒲生君平国学の四大人の一人・本居宣長平城京の旧跡を測量したことで有名な山陵研究家・北浦定政などが押したのは、現在神武天皇陵がある「神武田」ではなく、畝傍山の東北にある丸山陵。丸山陵説は現在でも有力視されているのだが、幕末期の混乱した政治情勢により、「政治的配慮」によって退けられた。さらに時代は下り左寄りの人から天皇制による「負の遺産」として目されることになった出来事も……

現在の丸山陵と消された村・洞村

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神武天皇陵の参道から脇に入ると畝傍山方面へと向かう山道のようなものがあり、進んで行くとかつての共同井戸と言われている煉瓦造りの古びた井戸跡に突き当たる。井戸跡には今でも水が溜まっており、目に見える唯一の洞村の痕跡かもしれない。

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煉瓦造りの古びた井戸跡からさらに山道を登って行くと、不自然な盛り上がりが目に入ってくる。この場所が幻の神武天皇陵・丸山陵。盛り上がった場所の四方には石柱が設置されていた。道中、蚊の襲来に悩まされてきたが、この一帯だけにはなぜか蚊がいなかったのが印象的だった。

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丸山陵と言われている地からさらに登り進むと、斜面ばかりのところに不意に現れる平地。

山道は畝傍山登山道へと続いていた。古びた井戸跡から畝傍山登山道へと至る道中、これらの一帯が石柱や金網で囲まれているのが分かった。おそらくこの囲い込まれた一帯が、かつて神武天皇陵の「守戸」(墓守)の村だとの伝承が伝わっていた洞村なのだろう。

五色の賤の一つで被差別部落の源流だとされる陵戸・守戸という存在。しかし、網野善彦によると藤原鎌足の廟を守った墓守の傍若無人っぷりを引き合いに出し、当時の陵墓は一種の「聖地」であり、多武峰の墓守同様、古代の陵戸・守戸も特権的地位にあったのではないかと述べている(『歴史を考えるヒント (新潮文庫)』)。

しかし、神武天皇陵の「守戸」(墓守)の村だとの伝承が残る洞村は移転に際し、移転先の村々から猛烈に拒絶されたともいう。私の興味は神武天皇陵の所在から、なぜ特権的地位にあった守戸の村・洞村が被差別部落となったのか、それとも「陵戸・守戸も特権的地位にあった」という網野史観が間違っているのかの方に移っていった。

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神武天皇陵に関する江戸期の当時の資料集

太田叙親&村井道弘による大和国の地誌『南都名所集』(1675年)

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寛政の三奇人の一人・蒲生君平『山陵志』(1808年?)

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山陵志. 巻之1-2 / 蒲生秀実 稿

平城京の旧跡を測量したことで有名な山陵研究家・北浦定政『打墨縄』(1848)

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神武天皇陵 幕末に出現した巨大墓所