読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

近代に入り宗教界で「ヒメ・ヒコ制」は復活した



前回の記事で少し触れた「ヒメ・ヒコ制」。称徳天皇道鏡のコンビ(役割は逆転しているが)を最後に、長らく「ヒメ」と「ヒコ」の分離化が徹底されていくのだけど、明治期に入り宗教界において「ヒメ・ヒコ制」が息を吹き返す。

有名ブロガーも絶賛の『日本の10大新宗教』を読んでいたら、男女ペアにより立宗していく新宗教が案外多いことに気づく。霊能者・巫女的な役割を果たすのは女性、教義を整備し信者を組織していくのは男性、まさに「ヒメ・ヒコ制」である。

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

  • 霊友会
    • 久保角太郎(ヒコ)&小谷喜美(ヒメ)

これらの新宗教が「ヒメ・ヒコ制」へと至る流れの上流には、近世における修験道の制度化・大衆化があると思われる。修験道の制度化・大衆化により山伏が里に常住するようになり、「里山伏」と呼ばれる存在が増えてくる。この里山伏は妻などを「市子(巫女)」に仕立て、加持祈祷を行っていた者が多数いたという。男女ペアによる宗教活動である。

明治期に入り修験道は大打撃を受けることになるが、これら里山伏や市子は民間宗教として主に農村部で生き残っていく(やがて都市化していくのだが)。明治期に勃興してくる新宗教の教祖たちは、これら民間宗教に接する環境にあったものが多い。仏教(主に密教)、神道道教陰陽道などが混ざり合ったような行・教義なども両者に共通している。

各種新宗教については個別で今後もフィールドワークしていく予定だが、個人的に興味深かったのは霊友会のヒメ役を担った小谷喜美。新宗教のヒメ役を担う教祖は、ほぼすべてにおいて「偶発的な神秘体験」により宗教家として目覚めていくのだが、小谷喜美の場合は違う。

霊友会の創立者である久保角太郎に見出され、義弟でもある久保に苛烈な修行を強要されて計画的に作り上げられたヒメ・霊能者なのである。その苛烈を極めた修行はwikiにも掲載されている。

後年、久保が先に他界し霊友会の2代会長の座に就くも、小谷喜美は久保に受けた厳しさをそのまま弟子たちにも課したため多くの離反者を生み、霊友会から多くの分派が生まれた。それでも小谷喜美は

夜は二時間も寝ればたくさんなんだ。私は十日でも十五日でも横になって寝ないで、大恩師久保角太郎先生から、叱られて、ご修行をさせていただきました。……風邪をひいて熱があるなんて言えば、冷えてしまうまで水をかぶるんです。……それで治ったものです

Amazon.co.jp: 姫神の本―聖なるヒメと巫女の霊力 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 43): 本

と指導法を改めることはなかったという。そんな小谷喜美の死に際し、初代・若乃花

わしを叱ってくれる人がいなくなり、寂しい

Amazon.co.jp: 姫神の本―聖なるヒメと巫女の霊力 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 43): 本

と言って偲んだという。土俵の鬼と言われた屈強の男にも、M男の一面があったのだな。これだから男って……話が逸れてしまったが、小谷喜美の件は「ヒメ・ヒコ制」崩壊後の悲哀を示す一例だとも言える。