朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

一言で何でも言い放つ神様と有尾人と彼岸花



2015年9月19日、良い事も悪い事も何でも一言で言い放つという神様・一言主神。そんな簡潔な短文が好まれる今時の世相にぴったりな神様を祀る葛城一言主神社をフィールドワーク。

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葛城一言主神社のある葛城山麓は、9月中旬ということもあって彼岸花が咲き誇っていた。長閑な風景とは逆に、早朝という時間帯にも関わらず車(トラック)の往来は激しかった。

南は五条・高野山方面へ、西は大阪、北は奈良・京都へ向かうことができる要衝の地、といったところか。時の大権力者・蘇我馬子天皇にこの地をねだって却下されたという話があるのも頷ける。

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のらりくらりと続く気の遠くなりそうな坂を自転車で登ってきたため、汗まみれ状態で葛城一言主神社の鳥居前に到着。

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鳥居をくぐって直ぐ脇にポツンと置かれていたのが、「蜘蛛塚」と呼ばれるおどろおどろしい名前の石。何の変哲もないただの石に見えるが、何でも神武天皇がこの地にいた「土蜘蛛」を捕らえ、復活しないようにバラバラに切断して埋めた跡とのこと。

土蜘蛛とは大きなクモのことではなく、上古天皇に逆らった土豪たちの総称なのだが、この地にいた土蜘蛛は何と……

大和国(現奈良県)の土蜘蛛の外見で特徴的なのは、他国の記述と違い、有尾人として描かれていることにもある。『日本書紀』では、吉野首(よしののおふと)らの始祖を「光りて尾あり」と記し、吉野の国樔(くず)らの始祖を「尾ありて磐石(いわ)をおしわけてきたれり」と述べ、大和の先住民を、人にして人に非ずとする表現を用いている。

土蜘蛛 - Wikipedia

サイヤ人といったところか。ほぼ神話の世界においての話だが、何かしらの示唆を含んでいるのではないかと思われる。蜘蛛塚の周りを、「死の花」だといわれる彼岸花が咲き乱れていたのもきっと偶然ではないのだろう。

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真っ直ぐに続く石段を登り本殿へ。境内をキレイに掃き清める男女の姿がそこにはあった。決して大きな境内とは言えないが、「いちごんさん」と呼ばれ今でも篤く信仰の対象となっていることが伺えた。

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ただ創建は不詳で、御祭神一言主神についても謎な部分がつきまとう。以下、引用。

460年(雄略天皇4年)、雄略天皇が葛城山へ鹿狩りをしに行ったとき、紅紐の付いた青摺の衣を着た、天皇一行と全く同じ恰好の一行が向かいの尾根を歩いているのを見附けた。雄略天皇が名を問うと「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と答えた。天皇は恐れ入り、弓や矢のほか、官吏たちの着ている衣服を脱がさせて一言主神に差し上げた。一言主神はそれを受け取り、天皇の一行を見送った

一言主 - Wikipedia

雄略天皇一言主神に出会う所までは同じだが、その後共に狩りをして楽しんだと書かれていて、天皇と対等の立場になっている。

一言主 - Wikipedia

高鴨神(一言主神)が天皇と獲物を争ったため、天皇の怒りに触れて土佐国に流された

一言主 - Wikipedia

一言主役行者(これも賀茂氏の一族である)に使役される神にまで地位が低下しており、役行者伊豆国に流されたのは、不満を持った一言主が朝廷に讒言したためである

一言主 - Wikipedia

時代が経つにつれ評価が一変。天皇に畏れ抱かせたり、修験道の開祖といわれる役行者にこき使われたりと、これまた毀誉褒貶の振れ幅が激しい現代社会向けの神様だとも言えるし、かの地で繁栄していた葛城氏(賀茂氏)、悲哀の没落史ととることもできる。

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葛城一言主神社にはもう一つ、信仰の対象になっているものがあった。それが乳垂れイチョウと呼ばれている奇怪な姿をした古木。まだ紅葉の季節でもないので、青々とした葉をこれでもかとつけていた。

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さらに境内には、やっぱりどこの神社でも存在する「お稲荷様」も。一言稲荷というらしい。呆け封じのための老夫婦の銅像なんかもあったりした。

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鳥居前の駐車場は車で満杯だったのだが、一言主神社にいる参拝者の数はまばら、というか私を入れて三名ほど。ではみなどこへ……どこかで見かけた風景を求め彼岸花で溢れかえった田畑に人も溢れかえっていた。その光景に一言主神の悲哀を垣間見たような気がした。

葛城古道のお供に