朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

オモチャの刀剣があちらこちらに突き刺さっていた念誦崛不動尊



談山神社から30分あまり西方にある増賀上人の墓の近くに、「念誦崛不動尊 コノ下」なる標識がある。「念誦崛」とは地名のこと「ネズキ」と読むらしい。

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標識から谷を下っていくと、そこにはややデフォルメされた、何だかコミカルな感じもする不動明王の磨崖仏が。妙楽寺多武峰神社)の奥の院であった紫蓋寺の遺物の一つではないかと思われる。

像の左に「延文三年戊戌正月 宣快」と陰刻されています。 延文三年は1358年で、紀年銘のある石仏としては大和ではふるいものです。 宣快は作者名と思われます。

談山神社公式サイト

とのこと。

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何よりも目を引いたのが、不動明王の磨崖仏の周りにオモチャの刀剣があちこちに突き刺さっていたこと。何でも、

この不動さんはある人の夢枕に立って「土に埋まっている自分を掘り起こして呉たら首から上の病を治してやろう」と云われたので、ある人が、お不動さんの云われた所を掘って、土から掘り出すと、頭の痛かったある人の病が治ったそうです。

磐余の道と多武峯街道(その11)

オモチャの刀剣の数だけ頭痛持ちの人が救われた、ということなのだろう。大阪からの参拝者も多いらしいが、私が訪れた時には人っ子一人すれ違うことすらなかった。

蚊や蜂が飛び回る羽音がだんだんとお経を唱える人の声に聞こえてくるのだから、今でも霊験あらたかな場所なのだろう。

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