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朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

現在の河川およびその周辺は「無縁」の場か



土木技術の発達した現在、また行政区分でも楽々と「河川」をまたいでしまう現在。古代や中世に想いを馳せて河川とその周辺を「境界領域」だと捉えた網野善彦の思い描いた風景は今も存在するのだろうか。

自転車や自動車など移動手段が高速化した現代でも、「河川」を渡るのになかなか億劫な時もある。 

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自転車で走っていて気づいたことは、歴史的な河川沿いには神社・寺・石仏が多いということ。そして圧倒的な規模を占める農耕地。

現代的様相としては、公園、運送会社、工場といったところか。

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また私的使用を疑わせる場も多数存在していた(確認をとった訳ではないのであくまでも疑惑)。網野善彦は川と陸の境を「無縁」の場、または公共スペースの場でもあったと指摘していたが……

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現在では「無縁」となったものどもが打ち捨てられる不法投棄、私的占有、公共スペースの場。おそらく人心が荒廃した中世も、同じような風景が広がっていたのではないか。一見するとのどかに見える風景も、ちょいとばかりよく見てみるとカオスな風景、みたいな。

中世における海・山・川

中世の風景 (上) (中公新書 (608))

中世の風景 (上) (中公新書 (608))

網野善彦ら4名の学者による中世の日本とヨーロッパを比較して語った討論を収録した本。「海・山・川」以外にも「職人」「都市」をテーマに討論。