朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

皇太子御一家の神武天皇陵参拝日だとは知らず丸山陵を再訪



一年前に訪れた「実はこちらが本当の神武天皇陵なのではないか」とされる丸山陵を再訪することにしたのだが……
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腕章をした私服警察官の方々が神武天皇陵に多数おられ完全警備状態。何やらただならぬ雰囲気。丸山陵へと行くには、神武天皇陵の参道脇にある側道を通って行くのが一番の近道なのだが、その入り口にも警察官の方が仁王立ち。

たまたま後ろを歩いておられた参拝者らしい年配の女性に、「今日は何かあるのでしょうか?」と尋ねると、「三時頃、皇太子御一家が神武天皇陵に来られる」とのこと。

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三時間後には皇太子御一家がお見えになるというのに、仁王立ちしている警察官に「(本当の神武天皇陵だといわれている)丸山陵に行きたいのですが、側道の方は通って良いでしょうか?」とも聞けず、仕方なく迂回してもう一つの目的地、畝火山口神社へ。

畝火山口神社

畝火山口神社へと向かう道すがらは謎の廃屋群に遭遇したり、間違えて天神社に参拝してしまうなど道に迷いましたが無事到着。

かつては畝傍山の山頂にあったといわれている畝火山口神社。

昭和15年の橿原神宮の大拡張工事の際、橿原神宮神武天皇陵を見下ろす位置にあることから、現在の位置へ移りました。

橿原市/畝火山口神社

とのこと。あまり有名ではなく小ぢんまりとした神社だが、掃き清められた境内に美しい朱色の社殿などを見ると、今でも地元の人の尊崇を受けている様子。

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畝傍山山頂

畝火山口神社から畝傍山の山頂を目指し歩き始めたが、猛暑ということもあってか、「この時間帯に畝傍山に登っているのはおそらく僕一人だけでは」と思うほど誰にも出くわさなかった。

畝傍山の山頂には、かつてこの地に鎮座していた畝火山口神社社殿跡や、「埴土神事」(住吉大社で行われる新嘗祭などで使用される土器を作製するための土を取る祭事)が行われる神域の他に、時計やら帽子などを乾かすためのハンガーなどが堂々と設置されていた。

かつて橿原神宮神武天皇陵の拡張工事の際には、村(後述する洞村のこと)だけでなく神様ですら遷座するよう命じられたそうだが、今では地元民?のちょっとしたプライベートスペースと化していた。

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洞村跡

畝傍山の山頂から畝火山口神社から来た登山道とは反対側の登山道を下りていると、かつて洞村があったという場所へと向かう道があるが、初めての人にはオススメできない。いちおう道はあるが、この季節は難路と化しているので。

洞村跡には、共同井戸だったといわれているレンガ造りの井戸が現存しており、よく辺りを見回すと瓦?壺?の破片のようなものも散乱していた。近くにはやけに平らになった場所もあり、この地にあったという生玉神社(洞村とともに移転)の跡地でしょうか。

さらに山肌をえぐりとったかのような窪地もあり、津久井清彰が描いた『畝傍山東北面の図』に出てくる「洞之清水」という池?の跡なのかもしれない。

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丸山陵へ

洞村跡の共同井戸から少し登ると、「宮」としるされた石柱がある場所へと至る。計六本の石柱が取り囲む小高い丘のようなところが丸山陵だといわれているが、正直、石柱がないとまったく気づかず通り過ぎてしまうレベル。

丸山陵からさらに草深き道を進むと、今度は細長い石柱がずらりと突き刺さっている場所へ。登ると畝傍山山頂へ、下ると神武天皇陵の参道脇にある側道へと出る。

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再び神武天皇陵へ

丸山陵から神武天皇陵の参道脇にある側道へと至る途次には二つの池があったが、どうやらこの二つの池は洞村とは関係ない模様。側道から神武天皇陵の参道へと出る場所には先ほども述べたように警察官の方が。

後方から蜘蛛の巣と汗にまみれた坊主頭がのっそり現れたので、警察官の方も面食らったのかもしれない。僕が通り過ぎた後、何やら無線で業務連絡。こりゃ不審者認定されたかも。

皇太子御一家が来られるまでにはまだ少々の時間が。マスコミの人たちの数もまだまばら。

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皇太子御一家参拝

警察の方による「皇族の方はゆっくり歩かれるので、三時より遅れることもあります」との謎アナウンスや、あくまでも祭事ということで「お声掛けはしないでください」とのこと。

そうこうしているうちに皇太子御一家参拝。

皇太子様、雅子様、の後に制服姿の愛子様のお姿も。僕の隣にいた年配の女性がカメラのズームをめいいっぱい望遠側にして愛子様のお姿を捉えていたが……僕の方は標準単焦点レンズを装着したエントリーモデルのミラーレス一眼カメラ。

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参拝は瞬く間に終了。丸山陵を再訪しようとした日に皇太子御一家が神武天皇陵を参拝するという、何ともいえない一日となった。