朧げな何か

無意識にアクセスしたいと歩き回る日々

増賀上人の墓所を訪問



「裏多武峰」という表現が妥当ではないことは重々承知しつつ、あえてこの言葉を使うのは「表多武峰」にある談山神社が観光客で溢れているのに比べると、人と会うことすらほとんどないからである。そんな場所に奇僧・増賀上人の墓がある。

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なぜ増賀上人の墓所を訪問したか

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増賀上人の墓所を前にして

奇抜な高僧が山深き多武峰に庵を結んで隠棲・修行に専心した、西行良寛に先立つ風狂の人、というのが増賀上人の一般的な見方だと思う。

だが、それは増賀上人の「一部分」でしかないであろう。増賀上人の立派な墓所を訪れ、あらためてその想いを強くした。

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すっかり荒れ果てているものの、増賀上人の墓は真っ直ぐに伸びた石段上にあり、高所から他の墓を見下ろす形で存在していた。直径4mのドーム型で、実際に対面してみると妙に圧迫感があり、石段から転び落ちそうになった。

かつてはドーム型の上に五輪塔まで鎮座していたそうだが、とても隠遁者の墓とは思えず、これは多武峰比叡山延暦寺派に帰属させるためにやって来た権勢者の墓だと感じた。

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今となっては、廃仏棄釈という凄まじい嵐が通り過ぎていった後の「爪痕」が残る場とも言えるのだけど。


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